2011年 10月23日 礼拝メッセージ 
「破壊からの回復と再建の喜び」詩編32章1−7節
今年は春の東日本大震災・津波で今まで経験したことのないような災害に出会い、全日本を震撼させました。映像の発達した現代ではリアルにすべての家に情報が流れました。半年がたち復興の遅れが政治責任で論議されながらも、日々のニュースでは瓦礫は取り除かれ、街は整理されて出来た映像が多く流されています。産業の回復も取り組まれているようですが、もっと敏速に対応出来ないかと言う願いがあります。秋には紀州半島の大洪水が襲い、痛ましい限りです。阪神大震災を経験した阪神間も災害の後、悲惨な災害の爪痕に呆然としました。しかし、十数年過ぎましたが、町はすっかり変わりました。
破壊は悲劇です。しかし見えるところの回復は“これではいけない”ということで回復が取り組まれることになります。しかし、見えない心の破壊は見える生活を混乱させ、破壊することにもなります。人間は、ちょっとした心の中の誘惑から迷いながら破滅的な道にまよいこむこともあります。使徒パウロは「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。」(ロマ7:15)と、人の心の罪性を言い表しています。そこでパウロは言います「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。」(:24,25)。ここで大切なことは生活を守り、共に生きるために法律があるのですが、人は心に中で絶えず自己の欲望と言う罪性に支配されている現実を言っています。
 詩編32編はダビデが読んだ「懺悔の詩」として伝承されて、ダビデの生涯の出来事を通して罪責の苦悩と赦される幸せを歌っています。ダビデ王はイスラエルの建国の父として、また、その家系からメシヤの王国の回復を伝承することから、今でもイスラエルの国旗は「ダビデの星」とされている。ダビデの偉大さは羊飼いの一少年であったが、しかし、ダビデは幾多の機会を与えられて、不思議な神様の守りと導きのもとで多部族連合の混乱と不安の中で国家を統一し、確立したのでした。栄光と権威の立場に立ちいよいよ最終的な平定段階になった時に起こった出来事でした。サムエル記下の11、12章にその出来事の詳細が記録されています。いよいよ戦いの最終段階であるラバの町を包囲して攻略しようと司令官ヨアブで全軍を出陣させます。しかし、ダビデ王はエルサレレムの王宮にとどまっていました。昼寝をして王宮の屋上を散歩しているとそこから女の人が水浴びをしているのが見えたのです。大変美しい女性で見惚れて使いをやって調べさせた。兵士の一人ウリヤの妻バト・シェバでした。ダビデはその女の人を召しれて関係してしまい、子を宿すのです。ダビデ王は隠蔽するためにウリヤを戦場から呼び戻し、贈り物をやって家に帰るように命じたのです。忠義の篤いウリヤは戦地で同僚が戦っている最中、自分だけが家に帰って休むことが出来ないと、王命であるが聞き入れずに城門の守備兵と共に寝たのでした。ダビデは下心があるために強制できずにいました。そこで王はウリヤを食事に招き、酒に酔わせてそれで家に帰るだろうと思っていたがウリヤは帰らない。そこで翌日、手紙を持たせて全戦に送り出すことにした。司令官ヨアブへの手紙には、ウリヤを危険な全線に出して、彼を残して退却して戦死させるようにと言う命令書が書いてあった。ヨアブは、王命は絶対であるのであるから理由は何であれ実行し、ウリヤは死ぬのです。ウリヤの妻はこの出来事の中で悩み嘆くのでした。しかし、絶対的な王権力によってダビデは理不尽にもウリヤを妻に迎えるのです。やがて子供が生まれます。
 王は絶対であり人民は従うだけです。しかし、油注がれて王位に就いたダビデには側近で顧問的存在である預言者ナタンがいました。この事は皆の周知している事でしたが、誰一人として王を諌めることは出来ないのです。そこでナタンが遣わされます。ナタンは静かに一つの出来事を報告します。「ある町に二人の男がいました。一人は豊かで、一人は貧しかった。貧しい男は雌の子羊のほかには何もなく、大切に家族のように可愛がっていました。ある時、豊かな人のところに客がありました。自分の持ち物を惜しみ、貧しい人の子羊を取り上げて客に振舞ったのです。」これを聞きながらダビデは激怒しました。彼は叫んで言うのです「主は生きておられる。そんな無慈悲な人間は死罪にすべきで、損害として4倍の金を払え。」(サムエル下12:5)と激怒したのでした。ナタンは、つかさず、「わたしがあなたに油を注いで王とし、ソウルの弾圧から守り、王としての家を備え、妻をそなえて国家を統一したのではないか。必要なら何でもあなたに加えたであろうに。よりにもよって神様の御心に背いてウリヤを殺し、妻を奪ったのか。この裁きは必ず来る。そして悲惨な裁きは公然と人々に見えるようにする。」(:7−14)と警告するのでした。ダビデは”見えない心の荒廃”を隠していることを示されたのです。ダビデはそこで懺悔をするのです。古代の王は絶対者であり、思うことが絶対的な力として振舞う時代であったのです。しかし、彼の偉大さは、”隠しえる罪”を示され「罪を告白し、悔い改めた」ことにあります。
第一に、詩編32編の3節には自分の惨めな罪のゆえに苦しんでいる心情をあらわにしています。「わたしは黙し続けて、絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました。御手は昼も夜もわたしの上に重く、わたしの力は、夏の日照りにあって衰え果てました。」(詩32:3,4)欲望を満たしていながら平安のない、罪悪感に空しさにさいなまされている心情を披歴しています。見えていながら、見ない。知っていながら、知らないふりをする。罪を隠す愚かさを教えています。イエス様がファリサイ人に言われた「白く塗られた墓」(マタイ23:27)のように、内部が命なく、死に絶えているのにうわべは美しく、白く、清潔で、正しく見せるそれを偽善と言われている。心を見る。心を知る。見えない罪を直視することの大切さを学ぶのです。「反省」は英語でリフレクション、「自分を見る」と言うことであり、自分を見て間違いや、汚れ、過ちの現実を知ることから「悲しみ」「憂い」「嘆き」が自覚できます。そして「悔いを改める」、綺麗になりたいという願いが生まれ「救われるにはどうしたらいのか」(使16:30)問う告白が生まれるのです。ルターは贖宥(免罪符)の効力を明らかにする最初に「主キリストが、”悔い改めよ”(マタイ4:17)と言われた時、彼は信ずるもの生涯が悔い改めであることを欲したもうたのである。」と言っています。日日新たにされる、言いかえれば「イエス様を見上げて」(ヘブル12:2)進むことによってのみ歩み続けることが出来るのです。
第二に、ダビデはことごとく罪を告白し、悔い改めることによって、主の慈しみに頼る以外に道はないことを悟るのです。「わたしは罪をあなたに示し、咎を隠しませんでした。わたしは言いました『主にわたしの背きを告白しよう』と。そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを赦してくださいました。あなたの慈しみに生きる人は皆あなたを見いだしうる間にあなたに祈ります。大水が溢れ流れるときにもその人に及ぶことは決してありません。」(:5,6)ダビデは主の憐れみとその贖罪を示されているのです。そこには「回心」が示されているのです。新しい命、「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」(Uコリント5:17)のです。「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」(ガラテヤ2:20)これはもう少し具体的に言うならば「だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。」(エフェソ4:22−24)悔い改めにふさわしい実を結ぶ(マタイ3:8)生涯が始まるのです。その実こそは信仰の実「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」(ガラテヤ5:22,23)であり、その最も根底にあるのはキリストにある「謙遜」であるのです。不信仰の結果は”肉の業”なる肉の業は明らかです。「それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。」
(ガラテヤ5:19ー21)
第三に、ダビデは詠います。「いかに幸いなことでしょう。背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。いかに幸いなことでしょう。主に咎を数えられず、心に欺きのない人は。」(詩32:1.2)罪赦された喜び。至福の宣言。「幸いなこと」”罪赦され””罪覆われた”者、それは贖われた喜びの感謝の賛美であるのです。黙し続け、黙り続け、隠し続ける陰湿な心の不安。その罪のゆえに憎しみと悲惨、不安と迷い、この縄目からの解放が示されているのです。真実にクリスチャンが、神様の恵み、キリストの愛と平和が現実の生活のなかで証しされなければなりません。
何時も喜べる現実が約束されているのです。賛美に溢れる日々を送ろうではありませんか。

「罪(つみ)咎(とが)をゆるされ、神の子とせられ、大いなる喜び、我にあり、麗しい笑顔と、力あるみ手もて、常に導きたもう
イエス君の、愛の深さ広さわれ歌わん。」(聖歌464)

 


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