聖書のエピソードをもとにかかれたエッセーです

By K. Kakoi

旧約聖書面白散歩


バベルの塔


 ♪〜砂の嵐に隠されたバベルの塔に住んでいる超能力少年〜♪ 30代以上の人ならこの歌を知っている人は多いはず。25年程前、大流行したTVアニメの主題歌である。

さて、この“バベルの塔”とは何か?アニメでは主人公のバベル二世という少年が、世界征服を狙う“ヨミ(陰府)”という人物と戦うための秘密のアジトであった。

ピサの斜塔のような古めかしい塔がやけに印象深いが、その中はコンピュターで制御されている。(もちろん20年前の最新式)しかし、このバベルの塔の原点は、聖書の中にあることをご存知だろうか?

 それは、五百字にも満たない短い記述である。時は、前回紹介したノアの大洪水の後、人々は増え、洪水の前と同じように、再び高慢になっていった。

知識も技術も進み、人々は煉瓦を焼きアスファルトを作るようになった。技術の進歩が自身の力を過大評価し、神を神とも思わぬ心を造りだした。彼らは自分たちの力を誇示するために、巨大な塔を建てる計画を立てた。天に向かってより高く、出来るだけ高く。

しかし、神はこれを「よし」とされなかった。そこには、神を思う心は無く、ただ、自分達の虚栄心を満たすためだけの建造だったからである。そこで、神は塔を建てている人々を打ち、一瞬の間に、彼らを世界中に散らされた。そして、この時、その言葉も全く別の言語体系にされたのである。

(この時まで、全世界で1種類の言葉しか話されなかったということ!)互いの言葉が通じなくなり、意志の疎通が図れなくなった人々は、以後、協力することも難しくなったといえる。

ウィーン歴史美術館・フルューゲル作「バベルの塔」

 最近、映画「タイタニック」が公開され、話題を呼んでいるが、わたしは、あの巨大な豪華客船とついこのバベルの塔を重ねてしまう。自分の技術を過大評価し、敬虔な態度を棄ててしまう時、人は自ら破滅を招く といえるのではないかと思うのだ。

「バベルの塔」事件は有史前、「タイタニック」事件は84年前の出来事ではあるが、現代もつい、技術力だけを信じる傾向にあるよなぁ〜、と思ったりするわけで・・・。なんだか、恐いよなぁ〜。

(旧約聖書・創世記11章より)




ページのトップへ
ばいぶるえっせーリストへ
阪チャペ!へ
トップページへ