阪神チャペルセンター
  礼拝メッセージ
 
2024年5月26日
第4聖日礼拝
「良い物を下さる父」
ルカによる福音書11章10-13節

 今日も、私たちを愛して、守り支えてくださる天の父を仰いで礼拝をささげましょう。
一週間守られたことを感謝します。
私たちは天の父なる神様と、どのような交わりをしているでしょうか。
主イエスは、弟子たちが祈りを教えて欲しいと願ったとき、「父よ」
(ルカ11:2)と、祈ることを教えてくださいました。
天の神様は、私たちのお父さんで、そう呼びかけることが許されています。
「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。」(ガラテヤ3:26)と記されています。
主イエスの尊い十字架の贖いによって罪赦された者は、神の子となる特権が与えられました。
主イエスを信じたことにより、地上で多くの祝福をいただいて歩みますが、何よりも素晴らしいのは神の子とされて永遠の命に生きていることです。
天の父との関係をしっかりと覚えましょう。私たちは神の子です。
主イエスは、良く祈られる方でした。主が祈っておられるお姿を見て、弟子の一人が祈りを教えてくださいとお願いしました。
すると、主は、まず「父よ、御名が崇められますように。御国がきますように。」と祈るように教えてくださいました。
主の祈りです。天の父を崇め、日々の糧を求め、罪の赦しを願い、人を赦すこと、罪の誘惑から守られる事、これらは祈りをささげる中で忘れてはいけない内容です。
時々、自分の必要だけを求めて、祈っているような気持になってしまうようなことはないでしょうか。
祈りは天の父との会話です。祈りの中で父なる神様とのお交わりが出来て、御心を知る事ができるのです。
主イエスは、弟子たちに主の祈りをお教えになった後で、一つのたとえを話されました。
真夜中に友人の家に行き、パンを3つ貸してほしいと願ったたとえです。
もう戸を閉めて、子供たちも眠り、寝床に入っていたところ、友人がパンを貸してくれと、声をかけたのです。
一度は断ったのですが、なおも頼み続けるので、友人だからというわけではなく、しつように頼むので、起き上がってパンを渡したというたとえです。
「そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」(ルカ11:9−10)と、主イエスは熱心に求め続けるようにと教えてくださいました。
熱心に求め続けること、探し続けること、門をたたき続けること、これらは何を教えているのでしょうか。
熱心に祈ることを教えています。
ペトロが投獄されて処刑されそうになった時、教会では熱心な祈りがささげられていました。
ペトロは、天使に導かれて牢を脱出しました。奇跡が起きたのです。
今も、主イエスを信頼して祈るなら、奇跡は起こるのです。
預言者として大いに用いられたサムエルの誕生は、祈りによりました。
エルカナの妻、ハンナには、なかなか子供が生まれませんでした。
ハンナは嘆き、悲しみに沈んで泣きながら神殿で祈りました。
「男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません。」(Tサムエル1:11)
ナジル人として聖別して主にささげると祈ったのです。
祭司エリは、ハンナが声を出さずに祈っていたので、酒に酔っているのかと思い、声を掛けました。
ハンナは、「酒に酔っているのではなく、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。今まで祈っていたのは、訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです」と答えました。
祭司エリは、「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と祝福しました。
ハンナはこの後、すべてを主に委ねました。やがてその望み通り男の子が与えられました。
預言者サムエルとなる男の子です。
サムエルが乳離れすると、神殿のエリの許に連れて行き、神にささげました。
「祭司様、あなたは生きておられます。わたしは、ここであなたのそばに立って主に祈っていたあの女です。わたしはこの子を授かるようにと祈り、主はわたしが願ったことをかなえてくださいました。わたしは、この子を主にゆだねます。この子は生涯、主にゆだねられた者です。彼らはそこで主を礼拝した。」(Tサムエル1:26−28)
ハンナの熱心な祈りは、天の父に聞かれました。
成人したサムエルは、預言者として活躍しました。
肉親の父は、自分の子供に良い物を与えます。
「あなた方の中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」(ルカ11:11−13)
天の父は良いお父様です
天の父を信じようともせず、自分勝手な生き方をしている罪人を愛して、救うために、その独り子を世に遣わされました。
罪ある者一人一人の身代わりとして、主イエスは十字架に架り、命を捨てて下さいました。
私たちが救われ、永遠の命を得るために主は死んで甦られたのです。
「そして十字架に架って、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。(Tペトロ2:24)
これほどまでに天の父は私たちを愛して、御自分の子として受け入れてくださいました。
私たちが求め続けられるのはなぜでしょうか。それは、私たちに豊かに聖霊を下さっているからです。
私たちの信仰は聖霊の満たしによって導かれています。
自分自身の力によって、天の父に従い続けることはできません。
私たちの生活の全てが恵みによるのであり、私たちは、良い物をいつも下さっている天の父の愛によって生かされています。
私たちは、執り成す教会として用いられるよう祈っています。
魂の救いのために執り成します。
あきらめないで、熱心に求め続ける。魂が救われるのは天の父の御心ですから、その祈りはすでに聞かれたと信じて祈ります。
祈り続ける時に、必ず天の父は最善をなしてくださるという確信がくるのです。聖霊のお働きです。
「だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。」(マルコ11:24)
信じましょう。祈り求め、信じ続け、神のなさるすばらしい御業を拝しましょう。
父がくださる聖霊に満たされましょう。

今週のみことば
「わたしは父にお願いしよう。
 父は別の弁護者を遣わして、
 永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。
 この方は、真理の霊である。」
 ヨハネによる福音書14章16-17節


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