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阪神チャペルセンター
礼拝メッセージ |
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「祈りのすばらしさ」
マタイによる福音書18章19-20節
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2024年も残すところあと3日となりました。あっという間に12カ月が終わろうとしています
今年は、使徒言行録12章5節の「教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。」という御言葉を掲げて祈って参りました。
「彼」とは、愛する兄姉お一人一人であり、求道中の方々、まだ、主イエスを受け入れていない方々、大きくは世界中の人々の事なのです。
熱心に祈り続けるという、信仰の出発でした。
執り成しの祈りは必ず聞かれます。この人は一体救われることがあるのだろうかと、思うようなことがあっても、救いは神の御業ですから、私たちは救いを伝え、祈り続け、御業を待ち望むのです。
この御言葉は今年限りではありません。いつまでも御言葉を握りしめ、信仰をもって待ち望むべきです。
今日は、主イエスが教えて下さった、祈りについての素晴らしい御言葉を、心に刻みましょう。
主イエスが教えてくださる祈りは、不可能を可能に、絶望を希望に変える力です。
主イエスはなんと教えておられるのでしょうか。
「またはっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18:19,20)。
大切なのは、心を一つにして祈るということです。
約束の御霊はどのようにしてくだったのでしょうか。使徒言行録1章 14節には、「彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた」とあります。
やがて五旬節の日に、約束の聖霊が降り、弟子たちや待ち望んでいた人々は異言で神を崇め賛美し、ペトロは大胆にキリストの十字架の死と復活を説教しました。
聞いていた人々は、心を打たれ、その日に3000人が信じて、洗礼を受け、教会が誕生しました。教会は祈りによって誕生したのです。
ペトロとヨハネが人々に救いを伝えると、祭司たちはこの二人を逮捕しました。
しかし、御言葉を聞いた人たち5000人が信じたと記されています。
(使徒4:4)。
祭司たちは、今後イエスの救いを人々に伝えない様にと脅しました。しかし、この二人は、「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」と返事をしました。
彼らの為に、教会ではやはり、心を一つにし、神に向かって声を上げたのです。
初代教会に迫害が続きますが、最初の殉教者はゼベダイの子、ヨハネの兄弟ヤコブでした。
ヘロデ王は教会を迫害することが、自分の支持につながると思い、ペトロを捕えて同じように処刑しようと計画しました。
ペトロは捕らえられて、牢に厳重に監禁されていました。
目に見える所、どうしようもない状態でした。しかし、教会には力がありました。祈りの力です。
「教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた」(使徒12:5)のです。
ペトロは不思議な方法で救出されました。天使がペトロを導き、無事に脱出させました。
皆が祈っている教会に来て、門をたたくと、取り次ぎに出てきたのはロデという女中さんでした。ペトロの声を聞くと喜びのあまり門を開けもしないで、祈っている皆にペトロが来たと伝えました。なかなか信じようとしない人々に、ペトロは事の次第を説明したのでした。
ペトロは祈りによって救われました。皆が一つになって祈る所に、神の奇蹟は起こるのです。
マタイ18章18節の「はっきりいっておく」というお言葉は、アーメン、アーメンというお言葉で、まことにまことに真実を告げるというお言葉です。
どんな願い事についても二人が心を合わせて祈るなら、天の父は聞いて下さいます。
それは、信じる者たちの中に、主イエスがいてくださるからです。二人、三人がイエスの名によって集うところに、主イエスはおられるのです。
教会の中に、主イエスは臨在を現してくださいます。家庭の中に、信仰の友の間に、いつでもどこにでも主イエスはおられるのです。
主イエスは私たちに、神の愛を教えてくださいました。十字架であらわされた神の愛です。
私たちは、神が御子を十字架におかけになったほどに、愛していてくださる事を忘れてはなりません。主イエスが私たちに求めておられるのは、「互いに愛し合いなさい」ということです。
主は、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13:34)と教えてくださいました。
神に愛されている者は、愛する者に造り変えられます。
互いに愛し合う教会は、一つとなって祈る教会です。愛し合う家族は祈り合う家族です。
愛による一致を感謝しましょう。
だれでも祈りの課題があると思います。一人で祈ることも大切です。
父なる神に、密接な祈りを毎日することです。父の御心を聞く祈りです。
祈りの中に、平和と確信を持つ事が出来るのです。
心が一つになる状態を、具体的に聖書は教えています。
「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにして高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。」(ローマ12:15,16)。
自惚れや高慢は、一致の邪魔になるだけです。主イエスの十字架の前にいつも悔い改めて、清められる時、御心にかなった心を持つ事が出来ます。
私たちは、主イエスの愛と十字架による贖いによって、すべての罪が赦され、永遠の命をいただいていることを感謝します。
私たちが命を与えられ、生かされているのは、一つとなって祈るためです。そして、自分たちの祈りが聞かれることによって、神の栄光が表されるためであることを、覚えたいと思います。
もう2024年が終わろうとしています。
新しい年も、祈る教会であり、祈りによって神の栄光を現す教会でありたいと、願います。これこそ、継続して祈る願いではないでしょうか。
私たちと共にいて、私たちの為に、いつも執り成しをしてくださる主イエスに感謝します。エフェソの信徒への手紙には、「一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。愛をもって互いに忍耐し、平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。」(エフェソ4:2)とあります。このように私たちに語り掛けています。
2024年が終わろうとする今、今年いただいた数えきれない恵みを感謝し、2025年に起ころうとする、素晴らしい神の御業を期待しようではありませんか。
心を一つにする祈りは、力です。信仰の祈りに不可能なことはありません。
ますます神に近づき、御業を拝しましょう。祈りのすばらしさをこれからも知る教会として、整えられて参りましょう。
今週のみことば
「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、
あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、
わたしの天の父はそれをかなえてくださる。」
マタイによる福音書18章19節
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