阪神チャペルセンター
  礼拝メッセージ
 
2025年6月8日 
第2聖日ペンテコステ礼拝
「父の約束されたものを待ち望む」
 使徒言行録1章4-5節

 今日は、主イエスの約束された御霊が降ったことを記念する、ペンテコステの礼拝です。
主イエスは全世界の贖いの為に十字架で死んでくださいました。3日目に甦って、今も生きておられる救い主です。
復活の主は、弟子たちに「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼(バプテスマ)を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼(バプテスマ)を授けられるからである。」(使徒1:4,5)とお命じになりました。
昇天される時、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒1:8)と約束されました。主イエスが昇天された後、弟子たちは泊まっていた家の二階に入りました。使徒1章13節には、ペトロを始め11弟子の名前があがっています。そして、イエスの母マリアや兄弟たち、婦人たちと心を合わせて熱心に祈りました。
五旬祭の日にも、皆は集まり、心を合わせて祈っていました。
五旬祭とは、ギリシャ語ではペンテコステと言い、50日という意味です。過ぎ越しの祭りの安息日から数えて50日目に行われるのでペンテコステと言われていました。
その日、祈る人々に約束の聖霊が降りました。
「突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」(使徒2:2−4)
物音を聞いて、大勢の人々が集まってきました。この人々は、祭りの為にエルサレムに来ていた、他国に暮らすユダヤ人たちと、異邦人の改宗者たちでした。
彼らは、弟子たちが自分たちの国の言葉で語るので驚いたのです。
「彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」。(使徒2:11)と驚き、戸惑って言いました。
弟子たちは、神の偉大な業、すなわち神の救いを語りました。
神はその独り子を世に遣わされて、罪の贖いの為に十字架に架けられるという救いの計画を実行されました。
旧約時代には、祭司が繰り返し動物の犠牲をささげましたが、罪を除くことはできません。しかし、主イエスが御自分をただ一度、十字架でささげてくださったことで、完全な罪の贖いが完成したのです。
信じる者は誰でも罪が赦され、永遠の命をいただくことができるのです。恵みの時代が到来しました。誰でも主イエスを信じ、心に受け入れるなら、罪が赦され救われる時が来たのです。
聖霊を受けた弟子たちの口から、驚くべき神の救いが異言で語られました
集まってきた人々は戸惑って、いったいこれはどういうことなのかと互いに言い合いました。また、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」とあざける人もいました。聖霊を受けた人々は、力を受けました。
ペトロは、主イエスが逮捕され、大祭司の庭で裁判を受けていた時に、主イエスを3度も否みました。恐ろしかったのです。
他の弟子たちも、ユダヤ人の指導者たちを恐れました。
主イエスが十字架で死なれてから三日目にあたる日曜日の夕方、弟子たちは自分たちも逮捕されたり、害を加えられるのではないかと、家に鍵をかけて集まっていました。
そこへ主イエスが来られたのです。彼らの真ん中に立たれて、「あなたがたに平和があるように」(ヨハネ20:19)と言われました。主イエスはもう一度、「あなたがたに平和があるように」(ヨハネ19:21)と繰り返されました。
平和とは、心の平安を意味します。「シャローム」という一般的な挨拶でも使われた言葉ですが、主イエスは2度も同じ言葉を弟子たちにおかけになりました。普通の挨拶なら二度も繰り返すことはありません。
主イエスは恐れを抱いている弟子たちに、「私は平和の主、あなたがたに平安を与える主だ」と伝えたかったのです。
イザヤ書9章6節には、「驚くべき指導者、力ある神 永遠の父、平和の君」とあります。この御言葉は主イエスのことを記しています。
更に、主は恐れを抱いている弟子たちに、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。(ヨハネ19:21)
彼らに息を吹きかけられて、「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る」(ヨハネ19:23)と言われました。
罪の赦しの権威は主イエスにあります。弟子たちはその権威の許にあって、人々に救いを伝えていき、悔い改めに導く務めがあることを示されました。
弟子たちは、復活の主に何度もお目にかかり、昇天を見届けました。
「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒1:8)。
弟子たちはこの御言葉を信じて祈り待ち望みました。
ペンテコステの日に聖霊が降り、聖霊に満たされた人々は力を受けました。
ペトロは、11人の弟子たちと共に立ち上がり、声を張り上げて主イエスの十字架、復活、永遠の救いを力強く語りました。
50日前までは恐れおののいていたペトロでした。
しかし、ペトロは「このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、
あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。」(使徒2:23―24)と語りました。
ペトロのメッセージを聞いた人々は心を強く打たれました。
ペトロは人々に悔い改めるようにと語り、水のバプテスマを受け、罪の赦しにあずかりなさい。そうすれば聖霊を受けるということを教えました。聖霊は、ユダヤ人にも、異邦人にも、すべての者に注がれることを教えたのです。
悔い改めるとは、今までの生き方の方向を転換して、主イエスを信じて従うことを意味します。
この日、ペトロの説教を聞いて悔い改めたのは、3000人ほどの人でした。ただちに水のバプテスマを受けて、仲間に加わりました。
ペンテコステの日に、主の教会、エクレシアが誕生したのです。
教会は、聖霊によって生まれました。
主イエスは、「聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」と言われました。その御言葉は永遠に変わりません。
主イエスは信じて聖霊を求め祈る者に、聖霊を注いでくださいます。
主イエスを信じて水のバプテスマを受けたように、聖霊のバプテスマにあずかるのです。誰でも心を開き求めるなら、聖霊のバプテスマを受けます。異言の祈りを大切にしましょう。
祈り、待ち望む時、聖霊に満たされ、賛美に満たされ、主イエスの力に満たされます。
キリスト者の証しとは、主イエスが今生きておられて、私たちを救い、永遠の命に生かして下さることを伝えることです。主イエスの復活の証人として用いられることです。
聖霊は宣教の力を与えてくださいます。至る所で宣べ伝えることが出来るのです。
私たちを信仰によって立ち上がらせ、勇気を与えて、主イエスこそ神、救い主と語らせてくださいます。聖霊の満たしを求めて祈り求めましょう。
生きておられる救い主を待ち望みましょう。


今週のみことば
「あなたがたに平和があるように。
父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。
・・・聖霊を受けなさい。」
 ヨハネによる福音書20章21-22節




 ページのトップへ
  
2025年の礼拝メッセージ
  
他の年の礼拝メッセージへ


トップページへ