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阪神チャペルセンター
礼拝メッセージ |
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「子たち、父たち、若者たち」
ヨハネの手紙T 2章12-14節 |
11月第3週の礼拝をささげられる恵みを感謝します。
今月30日からはアドベントが始まります。クリスマスの為に祈り、備える時になっています。
神の子がこの世にお生まれ下さって、私たちに愛を示され、十字架により永遠の救いを下さったことを、改めて思い起こし、崇めて参りましょう。
ヨハネの手紙を記したヨハネは、使徒として長く用いられた人でした。クリスチャンたちを自分の子供のように愛し、彼らを心から「愛する者たち」と呼んでいました。
ヨハネの手紙T 2章12節から、大きく分けると、「子たちよ」、「父たちよ」、「若者たちよ」、と呼びかけられています。
これは、年齢だけで分けているのではなく、信仰の成長に従ってこのように呼びかけているのであり、また、自分はどれにも当てはまることを覚えながら、御言葉をいただきましょう。
「父たちよ」という呼びかけには、当然「母」も含まれています。
人にはそれぞれの霊的な成長の過程で、必要な教えと励ましがある事を感謝したいと思います。
「子たちよ」と、呼ばれている者は、神の子という意味だということを知りたいと思います。
「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。」(Tヨハネ3:1)とあるように、すでに神の子とされていることを確信させる励ましとなっています。
主イエスの十字架によって罪から救われた者は、「神の子」であることをいつも確信することが、まず信仰のはじめなのです。
「イエスの名によって、あなたがたの罪が赦されているからである。」(Tヨハネ2:12)
もうすでに、十字架により代価は支払われて、罪から救われていることを、感謝します。
何よりも、もう既に神の子とされていることを知ってほしいと記しています。
「わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます。この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。」(Tヨハネ2:1)主イエスこそ、弁護者、執り成し手であることをしっかりと覚えましょう。
罪が赦されると新しい命に満たされて、清い光の中にある自分を覚える事が出来ます。御父との交わりの喜びに満たされるのです。
「父たちよ」と呼びかけて教えているのは、「あなたがたが、初めから存在なさる方をしっているからである」(Tヨハネ2:13)ということです。ここでいう父とは、信仰的に成熟し、人を導けるような人を指しています。創造主である方を知っているだろうかという、問いかけともとらえる事が出来ます。
天の父は不思議な方です。言葉によって世界をお造りになり、人を造られて、今もすべてを治めておられる方です。
「主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。」
(詩篇104:24)
人にはどうしても、生きることも死ぬことも自由にはできません。すべてが天の父のみ旨であることを覚えるなら、ただ自分自身を低くして仕えていくことを学ぶのです。
神の前に自分自身の全てを委ね、満たされることを願うなら、神はその祈りに答えてくださいます。
ヨハネは、「若者たち」にも言葉を記しています。
「わたしがあなたがたに書いているのは、あなたがたが悪い者に打ち勝ったからである。」(Tヨハネ2:13)
誰にもあることですが、主イエスを信じて神の子とされた者には、霊の戦いがあります。
サタンは主イエスに従おうとする者を攻撃します。この世の?栄を見せて、それがすばらしいものであるかのように誘惑します。
主イエスに従っていても、この世の競争には勝てないとささやきます。
さらに、若者特有の弱さで落とし穴に落ちる危険もあります。
「わが子よ ならず者があなたを誘惑してもくみしてはならない」(箴言1:10)
その結果は自分の命を失うことだと、警告しています。
様々な試練や誘惑があっても、御言葉は「あなたがたが悪い者に打ち勝ったからである。」(Tヨハネ2:13)と励ましています。
自分は弱いと思っていても、主イエスは執り成し続けておられ、罪にもサタンの誘惑にも打ち勝っていることが約束されています。
「子供たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは、あなたがたが、御父を知っているからである。」(Tヨハネ2:14)
2章12節には、「子たちよ」という呼びかけで教えていますが、ここでは、「子供たちよ」と呼びかけられています。
子たちより、もっと幼い存在に向けての言葉です。
やっと救い主を信じて歩み始めた時には、まだ分からないことが多くあります。しかし、たった一つ、「御父」を知っているのです。
うまれたての赤子は当然言葉は話せません。数カ月たち、一年もすると、言葉がわかるようになります。たどたどしくても言葉で意思が通るようになるのです。幼児の言葉もあります。
救われて間もなく、祈りがたどたどしくても、その祈りは父に届きます。天地万物の創造主を「アッバ」と呼んで近づき、祈る事が出来るのです。また、何をどのように祈ればよいのかわからなくても、御霊が執り成してくださいます。
「同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。」(ローマ8:26)
祈り続け、神との交わりが喜びとなり、信仰の成長が進みます。
ヨハネは再び、「父たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは、あなたがたが、初めから存在なさる方を知っているからである。」(Tヨハネ2:14)と記しました。
13節の言葉と同じ言葉が繰り返されています。ヨハネは何度も繰り返すことで、信仰の確信をしっかりと持つようにと願っていたのです。
「若者たちよ、わたしがあなたがたに書いているのは、あなたがたが強く、神の言葉があなたがたの内にいつもあり、あなたがたが悪い者に打ち勝ったからである。」(Tヨハネ2:14)
13節に続いて、若者たちに励ましの言葉が記されています。
あなたがたが強く、悪に勝利しているという事でした。
信仰の勝利は、神の言葉にあります。「神の言葉があなたがたの内にいつもあり」、いつも心の中に御言葉が宿り、御言葉によって生きる者は、勝利なのです。
主イエスは種を蒔く人のたとえで、良い土地に蒔かれた種は実を結んで100倍、60倍、30倍にもなったと教えられました。良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、そのように多くの実を結ぶと教えてくださいました。
御言葉には祝福の約束が伴うのです。
ヨハネは、立場の違う人たちに宛てて書いているように考えることもできますが、これらの教えは、私たちすべてが当てはまるのではないでしょうか。
いずれにしても、信仰の幼子から、父と呼ばれるような者として用いられることを願い、毎日しっかりと御言葉をいただき、従うときに、すべてが勝利であることを覚えましょう。
「神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。」(Tヨハネ5:4−5)
主イエスにあって、勝利を確信しましょう。
今週のみことば
「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。
それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、
事実また、そのとおりです。」
ヨハネの手紙T 3章1節
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