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阪神チャペルセンター
礼拝メッセージ |
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主イエスが十字架への道を進まれた日曜日は、棕櫚の聖日と呼ばれています。教会暦では今日がその日にあたっています。今日から主イエスが十字架に架られた受難週が始まりました。
主イエスは、ロバの子に乗られてエルサレムへ入城されました。人々は主イエスを熱狂的に迎えました。自分の服を道に敷き、木の枝を切って道に敷きました。
主イエスの前後を「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」(マタイ21:9)と叫びながら、主イエスの周りを取り囲み、道を進みました。
エルサレムにお入りになった主イエスは、神殿で宮清めをなさいました。
神殿を商売の場としている商人たちを追い払い、「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである」(マタイ21:13)と言われ、盲目の人や体の不自由な人々を癒されました。
その後でエルサレムを出られて、宿泊場所としておられたベタニアにお帰りになりました。
次の日にまたエルサレムにお入りになり、神殿やオリブ山で数々の教えをされ、木曜日には弟子たちと最後の食事をなさいました。この食事は過越の祭りの食事でした。
食事の後、主イエスは弟子たちを伴われてゲッセマネへ行き、渾身の祈りをなさいました。
「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」(マタイ26:39)と祈られました。
弟子たちは眠気に勝てずに眠っていました。
そこへ、イスカリオテのユダの手引きで主イエスを捕えようと群衆がやってきたのです。ユダは主イエスの弟子でありながら、銀貨30枚で主を大祭司の一派に売り渡していました。
連行された主イエスは、大祭司の庭で裁かれました。おそるおそるその後を追って、その庭に入り込んでいたペトロは、イエスの仲間だと指摘された時、三度否定しました。あらかじめ主イエスからそのことを予告されていたので、ペトロは庭をでて、激しく泣いたと記されています。
ペトロは、何があっても、死ぬまで主イエスに従うと口にしていたにもかかわらず、弱い自分に絶望する体験をしました。
主イエスは大祭司のもとから、ローマ総督ピラトのもとに送られました。ピラトは、主イエスに死刑にするような罪はないことが分かっていましたが、自分の保身のために、バラバという男を釈放し、主イエスを十字架につけるために引き渡しました。
総督官邸で主イエスは兵士たちから侮辱を受け、茨の冠をかぶせられて、ゴルゴタへと引き出されました。
道の途中、シモンというキレネ人が無理やり十字架を担がされたのは、有名なエピソードです。
主イエスが、残酷な死刑の方法である十字架に架けられなければならなかったのは、なぜなのでしょうか。
まず、当時の宗教指導者たちの敵意がありました。
主イエスは弟子たちに、三度十字架の死と復活を予告していました。そのころ、祭司長たちはなんとかして主イエスを捕えて死刑にしようと相談していたのです。
主イエスは多くの人々に、神の国を伝え、救いと癒しを行われました。
主イエスは人間にとって大切なことは、悔い改めて神の国に入る事だと教えたのですが、それは、高慢な彼らには受け入れられない事でした。
何とかして主イエスを捕え、偽証人を立ててでも、有罪にしたかったのです。人の心の罪、嫉妬は大きな過ちを犯させます。
また、民衆はどうだったでしょうか。棕櫚の聖日には、大勢の群衆が喜びの叫び声をあげて、主イエスをお迎えしました。
その日からわずか数日で、心が変わっているのです。
ピラトが、バラバか、イエスかどちらを釈放してほしいのかと、人々に問うと、人々は、「バラバを」と叫びました。バラバは暴動と殺人の容疑で逮捕されていたのです。
ピラトが、では、イエスの方はどうしたらよいかと言うと、人々は「十字架につけろ」と、はげしく叫びました。
これ以上言うと、暴動になると危険を察したピラトは、この件は、自分の責任ではないことを宣言して、イエスを引き渡すことにしました。
「その血の責任は、我々と子孫にある」(マタイ27:25)と、民衆は答えたのです。
人の心は定まらず、一番重大な決断さえできない心をもっています。
キリストという土台、錨にしっかりと自分自身と信仰を置いていないと、正しい決断さえできないのが人間です。
ピラトには、人間の弱さがありました。ピラトは当時のローマ帝国の総督としてユダヤに着任していました。ユダヤを無事に治めることができるなら、次はもっと高い地位に登れる可能性を持っていました。ここで暴動などが起きたら、自分の立場は危うくなってしまいます。
ピラトは、主イエスに何ら罪はなく、訴えられているのは妬みによるものであることを知っていました。
それでも、主イエスを引き渡したのです。
彼の名は使徒信条にも載っていて、世界中で今も告白されています。
「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」と、その名は不名誉な形でこれからも告白されて行く事でしょう。
十字架に架られた主イエスは、なおもののしられ侮辱され続けました。十字架の下ではローマの兵士が、くじで主イエスの服を分けあっていました。
人々は口々にこのように言って主イエスを侮辱しました。
「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』」と言っていたのだから。」(マタイ27:42、43)。
ユダヤの大祭司たち、ユダヤの群衆、そしてピラト、彼らに共通するのは、罪深さです。神の独り子であるメシアを認める事が出来ませんでした。心の中にあるのは名誉欲、地位に対する執着、地上での栄華といった、欲でした。欲は自己中心です。この罪の為に、この世に来られた救い主を受け入れる事が出来ませんでした。
主イエスは朝9時に十字架に架けられ、3時に息を引き取られました。
その時、エルサレムには不思議な現象が現れたことが記されています。
十字架の主イエスに注目していたローマ人もいました。それは、百人隊長でした。主イエスを最後まで見届け、不思議な現象も目にして「本当に、この人は神の子だった」と告白しました。
主イエスが十字架で命を捨てられたのは、罪ある者の救いの為でした。
しかし、自分には罪はないと思う人には、十字架がわかりません。
また、主イエスを信じてからも、主イエスに土台を置かない生活をするなら、十字架の救いがおぼろげになってしまいます。
十字架の苦しみは、誰の為でもない、自分の為であることをいつも覚える信仰を持ち続けたいと思います。
大祭司の庭で、主イエスを知らないと誓って言ってしまったペトロは、自分を許せない思いでいっぱいでした。そして、主イエスは亡くなってしまって、絶望しかありません。他の弟子たちや、主イエスに従って来た人々も同じだったと思います。
しかし、十字架は永遠の命の希望です。罪の許しの希望です。神の子とされるすばらしい希望です。
なぜなら、主イエスは三日目に復活されて、今も生きておられるからです。
私達が苦しむとき、主は共に苦しまれます。私達が罪に悩むとき、主イエスはその罪の為に十字架があると、悔い改めに導かれます。
受難週を迎え、主イエスの十字架は、自分の為であったことを心に覚え、今、神の子とされている恵みを感謝し、祈りつつイースターを迎えたいと願います。
今週のみことば
「目が見もせず、耳が聞きもせず、
人の心に思いうかびもしなかったことを、
神は御自分を愛する者たちに準備された。」
コリント信徒への手紙T 2章9節
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